従業員メンタル・ヘルス支援プログラムの導入について
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講師紹介
加藤 元一郎 先生
慶應義塾大学医学部精神神経科 教授
日時
平成25年6月28日(18:30~20:30)
会場
日本生命八王子 八王子営業所 研修室
従業員メンタル・ヘルス支援プログラムのどうにゅうについて
うつ病の現状
ガンなどの病気での長期休暇は10年間でほとんど増えていないのに対して、うつなどの精神的な病気での長期休暇は5、6倍に増えている。特に学校の先生はどんどん増えている。
労災の請求がうなぎのぼりに増えていて、労災認定増加が問題になっている。
- 『育てる』という視点の不在
- 「病気が治れば、社会人として一人前に働ける」という根拠のない前提
- 「法令遵守」という名の下のneglect
- 主体的に思考したり判断したりする存在の不在
- 触らぬ神に祟りなし:見知らぬものへ恐怖
- 「復職させて、具合が悪くなったら、職場の責任」という押し付けられた罪悪感
- メンタルヘルス不調者への腫れ物扱いと「お荷物」化
以上のような状況をいわゆる「産業精神保健現場の無政府状態」。不安は主体的な行動を妨げる。
うつ病について
診断には優先順位がある。1、中毒(薬物、アルコール)2、症状(からだの病気)3、器質(脳の病気)4、内因、心因性(こころ)の順で精神病を診断する。同じ症状でも原因はさまざまである。
抑うつ気分は誰にでもあること。さらに自殺念慮や不良な社会適応や身体感覚異常がある場合がうつ状態である。
うつ病は二つに分類される。メランコリー親和型とディスチミア親和型であり、メランコリーは重症なうつ病である。(図1参照)
「(内因性)うつ病の急性期治療の7原則」
・軽くても、治療の対象となる「不調」であって、単なる「気の緩み」や「怠け」ではないことを確認する
・早い時期に立ち直り回復に向かうために、心理的休息のとれる体制を整える
・予想される治療の時点を告げる
・治療の間、自己破壊的な行動(自殺など)をしないことを約束してもらう
・治療中、症状に一進一退があることを繰り返し確認する
・人生にかかわる決断(退職・離婚など)は、治療終了まで延期する
・薬にかかわる事項を、服薬によって生じる副作用を含め、きちんと説明する
これに加えて、励まさない、叱咤激励しない、急がせないなどがある。以上は急性期の治療であって、職場復帰のためではない。
うつ病の早期発見・早期対応が重要である。
早期発見のためには
① 平常時の部下の様子をよく観察する(ベースライン)
② いつもと違う部下の様子に気づく(変化に気付く)
早期対応するために
③声をかける
④相談にのる
⑤職場で抱え込まず、連携をはかる
⑥フォローと経過観察
早期発見・早期対応は本人にとっても管理監督者にとっても会社にとってもメリットがある。
しかし早期発見・早期対応をしようと思ってもなかなか難しく、本当に難しいのは職場復帰の支援である。
うまく職場復帰させないと職場が不健全な形になってしまう。
KEAPとは
KEAP(Keio Employee Assistance Program)とは、慶應義塾大学病院が運営する、内部EAP型メンタルヘルス支援プログラムのことである。
- ミッション:メンタルヘルス不調者の働く能力の再生と彼らを取り囲む人々の働く能力の回復
- ビジョン:働くことに伴うストレスを健康と成長の糧とできる世界の実現
- バリュー:固定観念への挑戦≒不安への対処
→支援プロセスの標準化・可視化
- 職場復帰のゴールは、通常業務の遂行
- ゴールに向かうための、4つのフェーズ
- 各フェーズに応じた目標、課題設定
復帰後期間
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達成課題
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1・2ヶ月
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定時勤務相当の業務を継続して行える。残業及び休日出勤は禁止
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3・4ヶ月
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通常勤務に向けて業務負担のステップアップ。残業は月20H以内
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5・6ヶ月
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通常勤務に向けてさらに業務負荷のステップアップ。残業は月45H以内
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7ヶ月以降
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就業制限を解除し通常勤務
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健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあるということを意味する。というがWHOの指針である。働くことは、生活の糧を得る手段、意味ある存在という認識の源泉、さらに成長のためのストレスとして健康の重要な構成要素である。したがって、産業精神保健の真のゴールは精神疾患の寛解ではなく、働く能力の再生・回復である。
企業がメンタルヘルス不調者に対して特別な配慮をして、彼らを仕事に戻してあげれば、彼らは負担を感じずに仕事に戻ることができるかもしれない。しかし、特別な配慮をして、楽な仕事をさせるのではなく「育て鍛える」アプローチを行うことが重要である。「保護的な」職場復帰支援からの脱却をするために、産業精神保健活動で医療従事者が目指すべきことは、彼らが一人前の社会人(大人)として社会で働き続けられるように支援することである。新しいパラダイムにおける、職場復帰支援では『周囲が仕事に戻してあげる』ではなく、『本人が職場復帰に取り組む(挑戦する)』ことを支援する。
休養治療期では病状の回復を目指し、職場復帰準備期では「一定レベル」までの回復を目指す。
KEAPは職場、人事との情報共有をし、成長課題を明示する“父親役割”をする。そして、つないだり解説をする“母親役割”もする。
復帰後も支援をしっかりすることで再発を少なくしている。
新型うつへの対応
新型うつ病とは、若者に多く、全体に軽症で、訴える症状は軽症の内因性うつ病(本物)と判断が難しい。仕事では抑うつ的になる、あるいは仕事を回避する傾向がある。ところが余暇は楽しく過ごせる。仕事や学業の困難をきっかけに発症する。患者さんの病前性格として、成熟度が低く、規範や秩序や他者への配慮に乏しい等が指摘される。メランコリー親和型性格を基盤としたうつ病に比べて抗うつ薬の効果が弱く、軽症ながら難治である。「新型うつ病」になる人のバックグラウンドにはわがままや甘えがあるかもしれない。
「新型うつ病」への支援アプローチとして、彼らの個人的要因に言及する前に、彼らの成熟を促す「育てる環境」の整備が重要である。医療と企業が連携した、新たな「育てる環境」の創造をし、そこでは産業保健従事者の働きが極めて重要である。
納得感を築き合うためのプロセスとして、職場復帰を挟んで対立する関係から、「通常業務」という共通目標を目指す並列の関係になる。プロセスからの逸脱は失敗ではなく、適応課題を見つけそれに取り組む機会とする。満足は無理でも、納得できる落としどころをみつけるようにする。
ストレス研究センターと普及版KEAP
普及版KEAPとは中小企業を対象に復職支援・早期予防を行うシステム。
- リワーク(職場復帰準備期間)の確立・場所の検討
- リワークにおける認知療法・運動療法導入
- 早期予防に関するe-learning
- 講習会・勉強会の定期開催
参加者の声
□改めて身体的に誰でもわかる様な病気でないことに対しての難しさを感じました。
□神疾患は話題にしにくいことですが、疾患の原因から対処法等の流れが明確でわかりやすく勉強になりました。